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「ホテル奥道後 坪中川」さんでお祝い膳。

子供のお祝い事で「ホテル奥道後 坪中川」さんを訪れます。

1964年創業の、この奥道後ホテルをつくったのは今は亡き
船舶王、再建王とも言われた「坪内寿夫」(つぼうちひさお)さんです。

元集英社社長の島地 勝彦(しまじ・かつひこ)さんは週間プレイボーイ誌上で
坪内寿夫さんは、今東光さんと柴田錬三郎さんのことが大好きだったんだ。
ある時、坪内さんが松山市に建設した奥道後温泉という一大リゾート施設に今さんを招待した。
坪内さんは空港までベンツで迎えに来てくれてね。
このベンツは伊予銀行の頭取が退職する時に「坪内さん、これを買ってくれないか」と
頼まれて買わされた相当高級なベンツなわけだ。
坪内さん自身は、いつも傘下のタクシー会社のタクシーに乗っているくらいだから、
自動車には興味がない。一方、今さんはベンツが大好き。
でも、そんな立派なベンツを買うほどのカネはない。
坪内さんのベンツに乗り込んだ今さんは上機嫌でね。「坪内、ええベンツやな」。
大僧正だから坪内さんも呼び捨てだよ。しきりにベンツを褒める。
今さんは3日間、松山に滞在して、その間乗るたびに「これはいい車や」。
「おい坪内、このベンツから見た松山の風景は格別や。夏目漱石がこのベンツに乗っていたら、
『坊ちゃん』で松山の人間をあんなに悪く書かんかったやろな。これは立派な車や」
ずっとこんな調子なんだ。ついに最後の日に坪内さんも音を上げてね。
「先生、もうこれあげますよ」。とうとう運転手つきで自分のものにしちゃった。
今さんは松山ナンバーのままそのベンツを東京で乗り回してた。
人からモノを巻き上げる天才だったね。今さんが「その××××はええなあ」と言い続けて、
自分のものにしてしまう現場に何度も立ち会ったよ。
坪内寿夫さんは豪快なひとやった、何しろ坪内さんは柴田錬三郎さん一人のために
ゴルフ場をつくっちゃった人だからね。(奥道後ゴルフクラブ)と寄稿されています。

ホテル奥道後のHPによると・・
「坪中川」は、東京の赤坂にございました料亭「中川」を昭和58年に解体、移築したものです。
初代「中川」は、昭和2年に建てられましたが、戦時中の強制疎開で取り壊され、
今の「中川」は、昭和26年8月に再建されたもので、昭和57年まで、
戦前戦後、軍部・財閥・政界の要人に使われていた建物です。
時代の流れで廃業することになったのを惜しまれた坪内翁は、
女将・中川潮子様の相談にのり、歴史を温存しております。
中川の名前は、初代女将「中川とり」様の中川をとって付けられたと聞いております。
そこに坪内翁の坪をつけ、坪中川として、今日にいたっております。
前庭は足立美術館創設者の足立全康氏の手による純日本庭園で、
この庭園を望んで数名以下、10名、20名前後と人数に合わせて三室で
大切なお客様の接待にご利用いただいています。
「竹寿庵」は、昭和54年、作家・柴田錬三郎先生と親交のあった坪内翁が、
先生の書斎にと造られたものです。しかし、柴田先生は昭和53年に亡くなられ、
一度も書斎として使われませんでした。と記載されています。


さて、なぜに、坪内寿夫氏はこれほど作家の先生方を優遇していたのか。
戦後日本で娯楽が求められていた時代、映画館の二本立て興行を日本で最初に始めた
坪内氏だからこそ、メディアや活字の力をわかってらっしゃったのでしょう。
ネットやブログが無かった時代です、印刷された活字の力がどれほどだったことか。
そこで、坪内氏は文壇のパトロンとなって、
国民的TVドラマ「おはなはん」を愛媛に誘致することに成功したのです。
「おはなはん」は本当は徳島市の話しなのですが、撮影は大洲市で行われています。
当時の視聴率が50%超えですからどんだけのヒトが見た事か!!!
そこに合わせての「奥道後温泉」ですからね~スゴイ人ですよやっぱり。
もちろん大洲市も道後温泉も松山市も愛媛県も相当潤った事でしょう。

しかしこの世は栄枯盛衰・・・
愛媛県松山市に本拠を置くホテル経営の「奥道後国際観光」は、
平成24年1月16日付で松山地方裁判所へ民事再生法の適用を申請したことが明らかになりました。
愛媛新聞(電子版)などによると負債総額は約10億円の見通しで、今後も営業は継続する予定です。



ホテルのロビーを通って、エレベーターにのり、
国道上の渡り廊下を通って「坪中川」に到着です。

坪中川1



坪中川4


門をくぐって坪中川へ・・・

坪中川2


お庭が綺麗なんです。

坪中川5



坪中川3


二階の広間へ通されます。

坪中川6


いわゆるお膳ですね。

坪中川7


葱が名物らしいです。

坪中川8


酢味噌でいただきます。

坪中川9


八寸・・・かな。

坪中川10


お造り。

坪中川11


海老ちゃん。

坪中川12


小鍋。いもたきですかね~治部煮???

坪中川14


鯛めしの釜飯。

坪中川15


茶碗蒸し~

坪中川16


子供も大好き!

坪中川17


串で刺した後があります。焼き魚ですね。

坪中川18


天婦羅・・・

坪中川19


そして椀モノです。

坪中川20


うららかな休日の午後、家族集まっての子供の成長を祝う会でした。
坪中川の二階から眺めると、茶色の猫が穏やかな日差しのなか、丸くなってました。

坪中川21



近代日本史に名を残す数々の人たちも。ココから景色を眺めたのでしょうか。
我が子にも、名を残すような人物になってほしいと思うバカ親心と、
そんなん、ありえんし、だって、甘南備の子じゃん!
バカでもいい。子供は健康で元気でご飯食べてくれれば、ま、いっか~~(笑!)
と、現実的発想で、満腹になって膨れた自分の腹をさするのです。


民事更生法の適用を受けても残してほしい施設ですが、先の事はわかりません。
歴史的建造物での食事できる機会は今のうちですよ~~~~






関連ランキング:旅館・オーベルジュ(その他) | 道後温泉駅道後公園駅


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No title

松前には、坪内さんちの跡地に、その名も《大坪座》って映画館がありました。
松前小学校の子供達は、休みになると招待してもらって行った記憶があります。

Re: No title

松前は坪内さんの出身地ですもんね。
映画館は坪内寿夫さん立身のキッカケですし、
戦後は大衆に娯楽が必要だと気づいてらした坪内さんの
先見の明はすごかったと思います。

愛媛県を揺るがした白石天皇との確執は、
信念の人坪内さんらしい気がします。
かたや、お妾さん通りをつくり、かたやおはなはん通りをつくる。
どちらが、どうであったかは、これから歴史が証明するような気がします。
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ん~~今日も満腹です。(爆!)

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